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ご愁傷様。


 ついこの間、コンビニのトイレに財布を置き忘れた。


普段そんな事はしないので、忘れたのに気がついたのも遅かった。

店に忘れ物としても届いていない。


つまり、次にトイレに入った人に盗まれたわけだ。


 お店には解るところまで防犯カメラの映像を確認してもらい、警察に遺失届を出して、カード類を止めて免許証と保険証の再交付と、お金よりそっちに疲れた。



 『財布は3年で買い替えると良い』と、よく聞く。

僕は10年近く使っていた。別に愛着があったわけではないのだが、どんどん年数が重なって行った。


 思い返せばここ数年、決して幸運に恵まれていたとは言えないし、新しく財布を買う事が出来るので良い厄払いになったのかなと考える事にした。



 数日後、全く別の場所で財布が見つかったと警察から連絡が来た。

たまたま警察署の近くの病院に行っていたので、すぐに出向いた。

手に取った財布は、ずぶ濡れで哀れな姿に・・・。

お金が入っていない事は予想していたが、財布の中身を確認して驚いた。 もう1つ無いものがあった。


 それはプリカくらいの大きさの金属性の御守り。金色だから金になるとでも思ったのだろう。


 実はこの御守り、伊勢神宮の内宮の別宮の一つであるお宮に関連する御守りで、改修に協力した人や、ごく近しい人しか入手できない代物。

そういう意味では凄いものなのだが、そんな物を盗んで良い事が起きる訳がない。


 これは本当に厄払いになったと確信した同時に、盗んだ奴が可哀想になった。


 「盗んだ奴に、貴方の災いを全部渡してきましたよ。」

 そう報告する為に最期の奉公として財布が戻って来たんだと思った。


ありがとう、と財布に感謝し、清めて処分した。



 見てはいないだろうが、財布を盗んだ人に言っておく。



 たかが1万ちょっとのお金で、僕の厄まで持って行ってくれて感謝します。

 これから僕には良い事しか起きないでしょう。

店の人に素直に渡していれば良かったのに、欲に駆られたのがあなたの運の尽きです。あなたが僕の厄災に耐えられるかが心配です。

 ちなみにあなたが一緒に盗った御守り、凄い「強い」ので取扱いに気をつけて下さい。

 人から盗んだ御守りでご利益は無いですよ。むしろ反作用。厄災地獄。

かと言って、その御守り捨てるも地獄なので。



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 この度は、良い機会を与えて下さってありがとうございました。



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 そして ご愁傷様です。 




寝落ちと悟りと中心帰納



 もう10年位前ですが、エックハルト・トール氏の「ニューアース」という本を紹介した事があります。


 カコ記事 → 「ニュー・アース」



 この時は『エゴ』についての本と言う形で紹介しましたが、本の中には度々


  『いま在る』


 と言うワードが出てきます。


 10年経った今でもAmazonでは購入者の評価は高く、『いま在る』という事でエゴや執着から己を開放する・・・と言った内容の、少し抽象的ではありますが、かなり深い本です。

 仏教で言うなら、ある種の悟りを得る様な内容で、僕が本屋で何故か気になって手にした本でしたが、後から読んだ相方の方が絶賛していました。

理解はできても、中々実践できないのが悩みだ、と言っておりますがw


 相方はこの手の本をすんなり理解する人で、合気道仲間の超絶難しいブログをいとも簡単に理解しますww


 仲間のダヴィンチ的ブログ → 「大いなる既知と未知を求めて」


 そんな相方が先日、寝落ちする瞬間に体験した感覚の話をしてくれました。

それは正に『いま在る』状態だったのですが・・・




 その夜ベッドに入った相方は、寝ながら過去の嫌な出来事やこの先の事を考えていたそうな。

図にするとこんな感じだと思います。

時間軸1

 そんな事をずっと考えている内にだんだん眠くなり、寝落ちの瞬間、まぁ一種の『変性意識』の様な状態の時に、こう思ったそうです。




 「私」は過去を思い出してるのではなく、過去の出来事 (起きてしまった戻れない時間軸) に意識を飛ばしているのではないか?


 そしてまだ分からない未来に意識を飛ばしているのではないか?


 「意識があっち行ったりこっち行ったりしてる間にも、時間は進んで「過去」になって行く・・・


 !? じゃあこの瞬間 『いま在る』べき「私」は・・・いない!!

時間軸2


 「私」はどこにいる!?


 そう思った瞬間、「私」「いま在る」べき時間軸が一緒になった感覚があり、不安も何もない、何とも言えない安心感と温かさに包まれたそうです。



 彼女は、言いました。

 「『今』を感じようとしたって無理なわけだよね、そこにいないんだもん。瞑想で無心になりたい人が『無心にならなきゃ』って何も考えない様にしても、その時点で無心になる事を意識してそこにいないんだもん。あの寝落ちの瞬間だけだったけど、あの感覚が『いま在る』って感覚なんだなぁ。あれが悟りの感覚なんだと思ったよ。」



僕はその話を聞いて『中心帰納もこういう感覚なのかも!?』と思ったのです。



 「中心帰納」は身体操作の技術というよりも、戦いの瞬間の「意識の在り様」です。


 前にも書いたかもしれませんが、修験道の方が成田先生の動画を観て、「この人は悟っている!」と仰ったそうです。


 創始・平井稔先生も「自然に表れたものこそが武道である。」と仰ってますし、

白石先生も「常にリラックスした瞑想的質感」と表現します。


 相方の体験した出来事に当てはめるならば、過去の経験則で動いたり予測をして攻撃・防御をするものより、無念無想、戦いの瞬間の「今」を感じて動く事こそ重要だという事です。



 いやぁ、まさかこんな形で中心帰納を教わるとは・・・恐れ入りましたwww




太刀魚ざんまい



 知り合いのお父さんが釣り好きらしく、立派な太刀魚をたくさん頂いた。

立派な太刀魚

 太刀魚の旬がいつかは詳しく知らないが、鮮度も大きさもスーパーの物とは比べ物にならない。


 焼きやお刺身も超絶美味いが、フライは格別美味かった!

太刀魚フライ

 そしてもう一品、アクアパッツァ

アクアパッツァ

 太刀魚はいい出汁が出るんだね~!



 ご馳走さまでした~! またお待ちしてま~すww