FC2ブログ

光輪洞合気道と武道の話


 ※今回の記事は、こちらの日本語改訂版です。

"The story of Korindo Aikido and Budo"

別に日本語にしなくてもコピペしてgoogle翻訳に掛ければ読めるんですが、次に書く予定の記事の資料的意味合いとして載せます。(過去の記事と重複する部分も結構あります。)

 興味の無い方には本当に申し訳ないですがww光輪洞合気道系の方、武道格闘技経験者、興味のある方、成田新十郎先生の講習会や無元塾主催の講習会に参加されたことのある方に読んで頂ければと思います。(ちょい長めなんで少し行間詰めてますww)


---------------------------------------------------------------------------------


 合気道の人口は世界で160万人です。

植芝吉祥丸(合気会二代目道主)は、世界に合気道を広めました。

彼は世界に合気道の分母を増やす事で、その中から「達人」が誕生する事を考えていたようです。


 一方、光輪洞合気道は日本でもあまり知られていません。

世界160万人の合気道人口の中で、光輪洞及びその流れを汲んでる合気道を修行してる人は恐らく1000人もいないはずです。日本にはその半分もいないと思います。

光輪洞合気道の創始者は、戦前の大日本武徳会の合気道部創設に携わった平井稔です。

柔道と剣道に分かれた剣術の理合いを統合する『母体武道』として設立に奔走したと聞いています。

『大日本武徳会 wiki』

 戦後のGHQによる武徳会の解体後、この武徳会の合気道を引き継ぐとして、平井翁は少人数に正確に理術を教える事を選びました。

「月謝もかなり安かった。」と成田先生は仰ってます。


 マネジメントという意味では吉祥丸道主が圧倒的ですが、

「広めていくのか?伝えるのか?」という考えの相違なので、どちらも間違ってはないと思います。

ただ、成田先生に初めてお会いして「光輪洞合気道の事は知りませんでした。」と僕が言った時の、「そうなんだよなぁ~!」と仰った顔が今も忘れられません。

自分の師が遺した合気道が一般にあまり認知されていない悔しさみたいなものを感じ取ってしまいました。

 広めていくのか?伝えるのか?・・・難しいですね。


 「いわゆる現代の武道と180度考えが違う。」と、成田先生は仰います。

しかし、全ての武道格闘技に通じ得るエッセンスをこの合気道は含んでいます。

故に『日本武道の隠れた巨人』と言われた平井稔は自身の合気道を『母体武道』と呼んだのでしょう。

 だからなのか、無元塾の稽古や講習会には様々な武道経験を持つ人が全国から来ます。

現役の合気会の人もいれば、他流の合気道や柔道、空手に古武道、剣術と様々。年齢も職業もバラバラです。

それぞれが自身の学ぶ武道・格闘技に活かしたい、と思って来られます。

成田先生も白石先生もそこはオープンです。

別に秘術でも一子相伝でもないし、むしろ活かして欲しいと思ってるはずです。

僕自身も何とかそこに喰らい付いていきたいと思ってやっています。



 平井翁の遺した合気道には3つのキーワードがあります。


  • 腰の回り
  • 腰の回り(腰回し)とは、実際に物理的に腰を回す事ではありません。

    言葉だけで捉えると体現するのが難しくなります。


  • 中心帰納
  • 「相手に向けている意識を自分に戻す。」と言い方が表現的には解り易いかもしれません。

    腰回しと中心帰納はイコールでもありセットでもあります。

    どちらが欠けても成立しません。


  • 8つの体捌き
  • 一般的に合気道にはそれぞれ呼び方の差はありますが、「一教・二教」や「一ヶ条・二ヶ条」という型があり、皆それを反復練習します。

    しかし、平井稔伝の合気道には型が存在しません。

    体術、剣、杖の全てをこの8つの体捌きで行います。


     最初の頃は、「袈裟斬り捌き」を含んで7つだったそうです。

    しかし地方は7つで、東京道場だけは袈裟斬り捌きを除いた8つです。

     「平井先生の稽古量が一番多かった。」と成田先生も仰っており、その過程で何か感じられての8つなのでしょう。


     宜しければ、各体捌きを動画で確認してみて下さい。


1. 百八十度転体

2. 三百六十度転回

3. 前臂(籠手)斬

4. 入り身転体

5. 磯返し

6. 四方捌き

7. 面摺

8. 後ろ捌き


8つの体捌きをランダムで

木剣を使ってランダムで

杖を使ってランダムで



 戦いとはいわば「対立」です。合気道は対立を否定している。

平井稔の遺した合気道は意識の対立をも否定している。


 それは相手と一体になる「円和の合気道」です。

それを実現するために、この3つがあります。




平井伝合気道と武道の根底にあるもの


 柔術(柔道)と合気道は剣術が存在しなければ誕生しなかった武道です。

剣術は正に命を奪う為の技術です。

 しかし皮肉なことに、戦国の世が終わった江戸時代に最も多く剣術の流派は生まれました。

武士の嗜みとして、より強くなるだけでなく、心を磨く方法として。精神的な訓練として。


 その過程で、彼らのうちの一部は、心の重要性目に見えない部分の重要性に気づきました。

 「禅」もそうですし、「腰の回り」と「中心帰納」もその一つです。

関西地方(特に美作・今の岡山県)の剣術は、「腰の回り」の重要性を説いたそうです。

これは、武道の動きの始まりは、腰の動きが中心であるということです。


腰の中心(臍の下側・下丹田)を動きの開始と考えると、人の動きの縦軸と横軸、前後の軸が交差する腰の中心は、球の動きになります。

その動きが外側に出現すると、体の動きは立体球の動きになります。

相手は、無意識のうちに球体の動きに反応します。生理反射です。


 竹内流と双水執流には「腰之回(腰の回り)」という言葉が残っていますが、今は平井翁の指すそれとは全く異なります。

 ※因みに宮本武蔵が二天一流創始以前に開いた円明流は腰の回りを説いたに違いない、と平井翁は言っています。

宮本武蔵の父とされる新免 無二、同一人物説もある宮本無二助(宮本無二斎)どちらも竹内流に関わってますし、竹内流の開祖は美作の人ですし、平井翁自身も竹内流と交流があったので、平井翁の予想は当たってるかもしれまん。



 「中心帰納」は、相手に向けている意識、判断、思考を止めることです。

 「相手と対峙する己を見つめる」とも言い変えられます。


 白石先生のブログで僕も気がついたのですが、(動画はよく見てましたが最後は見たことなかったw)

柔道の神様と呼ばれた三船久蔵十段の動画の最後の掛け軸にも似た言葉がありました。


「三船久蔵の動画」


「中心帰一」

 要するに、「中心に戻って一つになる」。

 意識を自分の中心に戻す。

言い換えれば、それは無の状態であり、瞬間の「瞑想状態」、「変性意識状態」です。



私達が知らないうちに、意識は行き来しています。


 例えば、「誰かに見られてる?」と感じて、振り向いたらホントに見られてたり。または、同じタイミングでお互いを見合ったり。

これは、「身体が意識に反応する」良い例だと思います。


そして前回紹介したこの動画の冒頭部分。


「武道における無心」

 この動画の冒頭は、いわゆるお母さんが出した「火事場の馬鹿力」ってやつですが、

 「間に合わなかったらどうしよう」とか、「腕が重さに耐えられるかしら」なんて考えないでしょ?


 これは「無意識に身体が動く」例の一つです。


 では、それぞれの例を動画に当てはめてみましょう。

まずは、「身体が意識に反応する」例です。


成田新十郎 #1

0:01 受けの白石先生は成田先生の手首を掴んでます。

そしてその事を意識(認識)していますし、成田先生をどうしようかと意識(思考)しています。

当然、成田先生も掴まれてるのは解ってますよね?

 この状態、実は手首の接触とお互いの意識でお互いの重心を支え合ってる状態です。

 しかし、0:09で成田先生は意識と重心を自分に戻しました。

中心帰納と腰回しが起きます。 その時、成田先生の身体の動きと軸の動きは円の動きを作り出します。

白石先生は身体も意識も支えを失い、円で捉えられるように身体が流れます。


 白石先生は何か技をやられたというより生理反射を起こしたのです。

要は、脚気の検査で膝頭を叩くと足が勝手に上がるのと同じ。


当たり前ですが簡単にはできません。

更に、それは「自然に」できなければ相手に悟られます。


動画でも解るように、成田の説明は非常に抽象的です。

様々なフレーズで1つの現象を説明します。使っている言葉もユニークです。(先生の本はドイツ語でも出版されてるようですが、どう訳してるんでしょう??)

でも様々なフレーズだから良いと思ってます。

これは体の感覚の話なので、その感覚を一言で固定してしまうと、その言葉通りにならないとだめだ、と「言葉に巻き込まれる」事になります。

 1つの現象を全員が同じ表現をするとは限りません。

中心帰納を成田先生は「集中せずして、集中してる状態」

白石先生は「瞑想的な質感」と言います。

俗に言う「ゾーンに入る」のとは少し違うそうです。


 お二人と感覚が共有できるまでにどれだけ掛かるのか・・・(; ・`д・´)



 では次に「無意識に身体が動く」一例を。


成田新十郎 #36

 攻撃する時はまず相手と対峙し、見る → 判断する → 打つのが通常です。

これを素早くかつパワフルにやれば、こちらは勝てると思うでしょう。


でも、それは相手も同じです。

じゃあ、どうしたらいいか?


打つ → 見る → 思う。

言い換えれば、「判断せず、考えないで、見ることなく打つ」。

受けを取っている小形さんは成田先生の無意識の動きを予測できません。

「動けない」と言う生理的な反射を引き起こします。


 成田先生の動画の全てに無意識の動きや生理反射を見ることができます。

これを実現するためには長い稽古も必要ですし、ある程度のテクニックを身につけないといけないとは思いますが、

何よりも身体と思考の間にある「大いなる矛盾」を克服する必要があります。


 その為に、先程の8つの体捌きがあります。

相手がいなくても、一人稽古として何時でもどこでも可能です。


 平井伝合気道のエッセンスを習得するのは簡単ではありません。

僕達が誤解したまま習得に励んでたら、死ぬまで境地に到達できません。

その証拠に、世界中の平井伝(光輪洞)合気道で境地に立ったのは平井翁を除けば3人だけです。

成田先生を100だとしたら、一元塾だった遠藤先生とうちの白石先生は50です。

(白井先生は0ではないけど、と謙遜されますが、一元塾の生徒さんが遠藤先生と同レベルと言っていたらしいので50で良いですw)

その他の方々は年数関係なく0です。


 境地に立った成田先生と遠藤先生にはこんなエピソードが。

お二人がドイツの道場での講習してる動画があります。


成田新十郎 ドイツ合気会道場にて

遠藤先生 ドイツにて

その2

その3

ドイツの道場は、タイトル通り合気会の合気道を教えていました。

成田先生は年に1度、20年講習していたと聞いてます。

ただし、いわゆる流派が違う訳ですから何を言われるのか、と最初は相当ナーバスだったらしいです。

しかし、成田先生の指導の後、高段者は光輪洞合気道を学んでるそうです。

 更にドイツの道場では、こうも言われたらしいです。

「今まではスポーツだったが、成田先生の技は武道だ。」と。

色々と、ちょっと日本では考えられないシュチュエーションです。


 今更ながらのちなみにですが、受けを取っていた白石先生も小形さんも元合気会です。

意外にな事に成田先生から学びたいと合気会の人が来たのは白石先生が初めてだったそうです。

案外打撃系の人が多く来ていたみたいで、空手の宇城憲治先生から学んでた方などが来ていたそうです。

大東流合気柔術の人も来てたらしいです。


 おまけの情報ですが、白石先生が参考になるよ、と紹介してくれた合気会の先生がいらっしゃいます。

 遠藤征四郎師範です。


勿論「腰回し」や「中心帰納」と言う言葉を遠藤師範はご存じないと思いますが、

どんなジャンルであれ、武道の達人にはやはりある種の共通点があるんでしょうね。

waymastery YouTube

 たくさんアップされてますから、こちらも是非参考になさって下さい。合気道は型どおりにやれば良いと思ってる人には結構耳が痛い話もされてますよw




関連記事

0 Comments

Post a comment