FC2ブログ

OH MY GOD


 20歳そこそこの頃なんですが、ふっと考えた事がありました。

別に哲学的にとか宗教的にとかではなく、ホントになんとな~く思った事なんですが・・・


 「何故人は戦争をするのか?」


 特に不思議なのが宗教がらみの戦争なんです。

 宗教って神様を信仰する事ですよね?その神様を信仰していくことで幸福を追求するんですよね?

じゃあ宗教戦争ってなんでしょうね?真逆じゃないですかね?


 その頃、僕なりにこんな仮説を立ててみたんです。(ちょっと物語風)



 宇宙にはスゴイ神様がいて、上からまだ未熟な地球を眺めいた・・・。

おそらくこの存在は位が高すぎて、地球の人間があの世に逝ったくらいじゃ会うことも出来ない感じ。


 「ん~、地球にも地域によって色んな人間と文明が生まれてきたな。

じゃあ宇宙の真理をそれぞれの地域に根差した形で広めようかな。じゃあ、それぞれタイミングは任せるからちょっくら行ってきてくんない?」

てな具合で、キリスト、ブッダなど沢山の神様が派遣されて教えを説いていく。


 あるものは人間より「上」の存在として教えを説き、あるものは並んで「人」として生まれ、姿をさらして教えを説く・・・。

 それぞれの教えを受けた人達はきっと感動してその教えを広めていこうとしたでしょう。

 しか~し、そこに落とし穴が!


 教えを広めようとした人々の中には口伝えで広めた人もいたでしょう。


でも遠足のバスでお馴染みの『伝言ゲーム』の様に、100%正しくは伝わらないはずです。


 そして書いてまとめようとしても、書き手の思いや考えが必ず入っていきます。だって広めてるのは人間ですから。自分たちが正しい、そしてそれ以外は間違っていると思ってしまう。

 そこから同じ宗教なのに宗派が細かく分かれ争い、他の宗教は邪教だ!と、争う。


 もし僕が神様だとしたら、自分の教えの為に争い殺しあう事を喜びはしないでしょうね。『そうだ!俺の教えが正しいんだ!他の教えなんて唱えるやつはやっちまいなー!』とは思わないでしょう?


 人間は神様と違い『エゴ』に負ける事があります。これが神様が見落としてたところなのでは~?と、言う仮説です。



 

 ところが、最近ちょっと考えが変わってきました。もしかしたらそれは想定内だったのではないか、と。


 もし『エゴ』を想定してないなら地域がバラバラでも、あえて「教えは一つ」で良かったはずです。

素直に伝わっていくでしょうから。


 あえて多様な神に教えさせる事で対立を生み、『エゴ』をさらけ出し、それを人間がどう処理するかが神様の真の目的だったのでは?と考えるようになりました。

ある程度流血も覚悟していたのではないかと。


 まあ、神様じゃないから分かんないっすケド(笑)


 一番上の神様にとってはどの宗教を信仰するかは二の次で、

「9.11」の追悼式の様に各宗教の高僧が並んでいる、1つになっている、その在り様を全人類に望んでるのではないでしょうか?


 それが出来れば「地球の格」が上がりますね。


 何か嫌な事があってムッとするのはあなたではなく、あなたの中の『エゴ』です。これが個人から国になれば「戦争」です。


 良かれと思ってやってる事や親切が実はエゴが姿を変えてる時があります。エゴは狡猾です。

 偉そうな事書いてますが、僕もいつもやられます。


 地球と人類にとっての一番の敵は温暖化でも自然破壊でもウイルスでもなく、その大元であるエゴなのではないでしょうか。エゴをどう無くしていくかが地球の課題だと思います。


 2012年を目前にして特にそう思うこの頃です。




関連記事

0 Comments

Post a comment